「新宿歌舞伎町 マフィアの棲む街」

                 赤松浩司

 

0はじめに

 

わずか五百メートル四方の歌舞伎町には、アジア各国、南米のマフィア組織が集まり、蠢き、警察もうかつに介入できないほど恐ろしい黒社会が築き上げられている。前期報告では歌舞伎町の実態とその原因について考え、夏季報告ではどのような組織が暗躍しているか、中国人密入国者が増加している原因として中国の貧民層の実態を取り上げ、マフィアとヤクザの違いと関係、警察の対応などについて調べた。最終となる今レポートでは、歌舞伎町の戦後から現在にいたるまでの様子と、不況下での歌舞伎町の姿について調べを進め、警察などの公共機関が今後とるべき対応について意見をのべた。

 

 

 1戦後→現在 黒社会の広がり

 

戦後の混乱が落ち着いてまもない歌舞伎町では、〇〇会の“シマ”といわれたように、比較的縄張りがハッキリしていた。 だが、まもなく博徒系とテキヤ系の区別が薄まるなどして縄張り争いが激化。関西系組織の関東進出もあり、「今の歌舞伎町にはヤクザ事務所だけでも1000近くある」(鴻池氏)という無秩序状態になる。 このため、昔は通りやブロック単位だった“シマ”も次第に細分化され、ビルやテナント単位となった。

 

この街で台湾黒社会が暗躍を始めたのは89年半ばから。90年代に入ると、今度は東南アジアの中国系と大陸出身の中国マフィアが台頭。現在、街娼まで含めればコロンビア、ルーマニア、ナイジェリア…と国籍は全世界に及び、それぞれが複雑に絡み合う。

日本で最も早く海外勢力の侵食を受けた街だけに、外国人による犯罪は頻発し、日本各地で起きた外国人犯罪の実行犯のほとんどもその足跡を残す。警視庁もこの点に注目し、3年前に専従の特別捜査隊を発足させ、界隈の外国人マフィア狩りに着手しているが、絡み合った人と人、民族と民族の糸を解きほぐすことは容易ではない。

中でも群を抜いて厄介なのが中国人犯罪だ。

 

コマ劇場の北側に広がる歌舞伎町2丁目。この一帯には中国クラブが集中。歌舞伎町のド真ん中にありながら、知られざる世界を構築している。

中国クラブの特徴は午後7時から午前零時までの早番、深夜1時から朝5時までの遅番があること。店名はそのままだが、経営者は別人だ。遅番だと中国人客は日本人客の半額の5000円で飲み放題になる。このため、ボックス席は中国人にほぼ独占され、全国各地で多発しているピッキング、組織窃盗、押し込み強盗、高級車窃盗などにかかわる黒社会の中国人が数多くグラスを傾ける。

「店で中国人が話すことは、日本で儲けた金で中国で大きな家を建てる、ビルを建てる、食品会社を始める…そんな夢ばかり。彼らは大金が入るなら、人殺しを頼まれてもやります」

ある店の遅番ホステスの話である。彼女が日本に来て購入した品で、正規に買ったものは下着ぐらい。高級腕時計、ネックレスなどの装飾品や衣服類、家電製品は盗品と知ったうえで中国人の男から市価の半値で手に入れたとのことだ。

北京、上海、福建…と出身地ごとに勢力が色分けされ、歌舞伎町は日本人には見えないほど深い部分で“ブラック・チャイナタウン”として成熟しつつある。黒社会の構成員は、密入国者だけに指紋登録がなく、警視庁必死の捜査もいわば実体のない“幽霊”を追っているに等しいのだ。

また当初は、青龍刀で対立相手の首を落とすような凄惨な手口を毛嫌いし、距離を置いていた日本の地元暴力団も最近、個人レベルで中国マフィアと密接に連携を開始。携帯電話の普及が組織のつながりを越えた個々の関係を生み出し、そこにさまざまな代紋の利害、思惑が絡みつく。

 

歌舞伎町は、裏側が混沌状態だけでなく、そこで商売をする経営者も海千山千のツワモノ揃いだ。

新宿区保健所が現場の歌舞伎町1、2丁目の飲食店について実態調査をしたところ、調査した約3400店のうち、台帳と一致していていたのは約2300店だけ。約1100店は廃業したり、店名や経営者が変わるなど、届け出のない店 だった。

「雑居ビルのテナントは、また貸しや、そのまた貸しなどゴチャゴチャで、正式な貸主や借り主が分かりにくい。風営法違反など届け出ができない店も多い」(飲食店経営者)

さらに、高い家賃を払うため、1日のうちで昼間と深夜では、別の経営者が営業しているケースさえ珍しくはない。裏も表も実態把握が難しいカオス状態であることが、“魔都”とも呼ばれるワケなのだろう。

 

享楽、退廃、野望、失意…人種のさまざまな感情が渦巻くカオスの街、新宿・歌舞伎町。もはや一般人の常識で、この街の出来事を読み解くことは難しい。

 

 

2不況下の歌舞伎町

 

新宿・歌舞伎町はここ数年、表も裏も急速にボーダーレス化が進行中だ。この界隈に縄張りを持つヤクザ組織も同様で、ひしめき合う代紋数は12、根城にするヤクザは2000人を超える。こうした闇組織は街の隅々に既得権を張り巡らしている。

道端で韓国人青年が靴やバッグ類を売る露店を開いていた。と、まもなくテキヤ系ヤクザがショバ(場所)代の徴収に現れた。

「兵役で格闘訓練を受けているから、喧嘩をやればヤクザなんて一発で倒せる。でもね、後で大勢で来て、店を壊されるから…」 結局、韓国人青年は月に3〜5万円をヤクザに支払うことになった。

日本人経営の店舗でも同様だ。この“商取引”は「みかじめ料」といわれ、歌舞伎町ヤクザのシノギ(稼ぎ)の中心をなす。面積はわずか500メートル四方ながら、5000軒以上の飲食店と風俗店がひしめき、モグリ営業も約200軒あるとされる。すべてのアガリを合計すれば、かなり大きなマーケットなのだ。

みかじめ料は「トラブルなどの面倒をみる」というケツ持ち(用心棒)の対価という性格がある。ビール1本で5万円も請求するボッタクリ店は、当然、客とのトラブルが絶えない。こうした店ほどコワモテの後ろ盾が必要になり、月に30万円を出しているところもあるという。

ところで、歌舞伎町が他の歓楽街と異なるのは、一定の区域や通り、ビルに対し縄張りが明確になっているわけではないことだ。5階建てのビルに5軒の店があっても、それぞれケツ持ちの代紋が異なることも珍しくはない。

通常は早い者勝ちでケツモチが決まるため、新装開店を狙った代紋の“商取引”は、情報の早さが勝負を分ける。出向くのが1分でも遅れ、「うちは××組の○○さんにお付き合いさせてもらっています」と言われれば後の祭りなのだ。

「明星56ビル」の火災でも、この歌舞伎町の特殊事情が、放火を想定した捜査を難しくしている。関係するヤクザの数が多ければ多いほど、調べるべきトラブルも多くなるのだ。

ただ、水面下でこれだけのヤクザがはびこっていても、歌舞伎町の既存勢力は抗争で互いに首を締め合うことを嫌い、基本的には共存共栄路線。仮に、もめ事から殺害に至っても、裏で金銭で和解を図る傾向にある。殺された者の組内の地位、喧嘩の発端などで、一方が出す見舞金の額は変わるが、平組員で1000〜3000万円で和解するといわれる。もちろん、裏社会を混沌とさせる要因がないわけではない。バブル期から進出を始めた山口組企業舎弟の存在だ。

「山口組側が事務所を構えても、金融、不動産業の看板で経済活動をするだけなら、口出しはできん」 と指定暴力団の某組長は語るが、最近は山口組系組員が店から、みかじめ料を集める動きがあるなど、既存勢力の米びつに手を突っ込む事態が起きている。

この不況下にあっても、人並みが途絶えない不夜城。こんな時だからこそ、ヤクザたちはシノギを求め歌舞伎町に群がる。



3歌舞伎町は無政府状態

石原知事がゲットーと呼んだのは、この歌舞伎町や新大久保付近を指してのことだと思う。それはこういうことなのだろう。仮に表社会と裏社会の2つの社会がこの世に存在しているとすれば、前者は表の取締まり、後者は裏の取締りをしていた、と言えたのではないか。その2つが暗黙の了解のもと協力することがあったからこそ、世界でも有数の安全都市として、一般市民はその平穏無事な毎日を享有していた。
 警察は24時間交代制ではあるものの、それはあくまでも労働基準法に基づく仕事でしかない。それに比べ暴力団、マフィア側は24時間、文字通り、体を張って頑張る自営業者なのである。
 結果、ある種の情報収集は警察の何倍も暴力団、マフィアの方が優れ、この裏社会から表社会への情報提供が事件の早期解決に寄与していた、とは考えられないか。
 言うまでもないことだが、裏社会がその名の下に行なってきた無法行為を認めろというのではない。
 行為に照らし合わせてその行為者が法の下裁かれるのは当然のことである。それと同じように、表社会の警察の不法行為に対しても裁くのはまたフェアな関係であると思う。
 警察と暴力団が持ちつ持たれつの関係であることは誰もが知っている事実だ。両者の貸し借りはまた、日常茶飯事のことである。裏社会のみを厳しく取締まり、表社会の不正を放置したことが、今日の現況につながる。
改めて述べることではないが、暴力行為、恐喝行為、ノミ行為、麻薬・覚せい剤売買行為などを見逃せといっているのでは絶対にない。当然、不正行為の当事者や組織に社会的制裁を加えることは当たり前のことだ。だがそれは具体的不正行為や暴力行為に対してペナルティーを科すものであって、防止措置として
あらかじめ暴力団新法のような制裁を加えるのが妥当なことかどうか、という点が疑問なのである。
 最近はこの防止措置としての新法が増えてきているように思われる。確かに暴力団やマフィアは怖いし、悪いことも一杯している。だが、防止措置としての新法の乱造はそれ以上の社会的恐怖を我々に与える可能性がある。