「成熟社会における都市の自治と交流」

 

  中心市街地は、高度経済成長期、バブル経済期を通じて、その地方の文化性や独自性を徐々に喪失し、全国的に似たような市街地や一律なショップの展開が進んできたように思う。グローバル化現象のひとつの帰結として、日本では、場所性にこだわらないフローの文化が展開していったがために、都市の魅力が一律で陳腐なものになり、巨大都市への人口の集中とあいまって、地方都市の中心市街地、大都市の繁華街隣接周辺部等の競争力が落ちてきているように思う。車社会化は、中心市街地の相対的利便性を低下させ、市街地外周部にも資本の投下によって従来の都市的魅力をもつ空間の演出が可能になったが、それも景気の後退によって厳しい競争にさらされている。

  阪神・淡路大震災のまちの復旧・復興で問題にされたのが、都市構造内での位置や歴史的規定性であると同時に、自立し持続的に発展(地域再建)するために不可欠な、地域を再生させていくビジョンや地域のアイデンティティの再編・再確認のプロセスでもあったように、中心街再生で問われる問題も、最終的には、街のアイデンティティの創造になるのではないか。この中心市街地問題は、都市に住むことの拠り所が、単なる経済的な利便性になり、個々の都市の個性やアイデンテイティが希薄化していることと底流で繋がっているように思える。