自主防災活動と女性の社会参加
----婦人防火クラブの活動を中心に----
早稲田大学文学部教授 浦野 正樹
災害は忘れた頃にやってくる。阪神・淡路大震災は、まさにその言葉をまざまざと思い出させました。戦後最大の自然災害は、1995年1月17日未明にそれまで地震とはまったく縁がないと思われていた阪神・淡路地区を襲ったのです。また、災害は日頃最も対策が遅れた部分、弱い部分を集中的に襲ってくることも明らかになりました。
「ここは大丈夫」「災害対策は明日考えればよい」という気持ちの蓄積が、大きな災害を呼び込むことになるかもしれません。災害を防ぎ被害を最小にとどめるには、自分や家族だけの安全を考えるのでは十分ではありません。家族を取り巻く地域社会全体が安全になってはじめて、自分や家族が安全になれるのです。
地域社会全体を安全にするには、住民や企業、その地域にある諸施設が連携・協力して防災活動を行っていく<しかけ>を育てていく必要があります。地域住民みんなが、防災という同じ目標に向けて知恵を出し合うことは、こうした<しかけ>を創るための出発点です。
こうして地域のなかで生まれる連帯感は、本当の災害が起きたときに役立つばかりでなく、より健康で、より快適な豊かな生活を築いていく上でも、貴重な財産になると思います。
浦野正樹編著『自主防災リーダーマニュアル』東京法規出版 序文から
自主防災活動と女性の役割
自主防災活動の大切さは従来から言われ続けているが、地域活動の母体とみなされる町内会・自治会を基盤に自主防災組織の結成が促進されてきたものの、これまでなかなか<組織化>を越えた<活動の活性化>にまでは結びつかないというジレンマを抱えていた。阪神・淡路大震災から8年がたち災害の記憶の風化も進んでおり、東海地震・東南海地震・南海地震・南関東直下型地震などの危険性が指摘されるわりには、(少なくとも表面的には)市民レベルの反応は鈍くなっているというのが実情であろう。
ところで、震災などの災害が起こるとき、現代のように日常の行動圏が広く日中家族がばらばらになっている状況では、日常生活圏内での生活時間が比較的長い主婦層が、家族や地域の絆の結び目として、さまざまな災害対応におけるかなめの位置にある。こうした主婦層が、自主防災活動において中核的な役割を果たさなければ、いくら充実した災害直後の対応計画を立てても、それを担うと想定されている人々が日中地域外に働きに出ていれば計画は絵に描いたもちになってしまう。また、日常的な防災啓発や地域で予想される危険を吟味するうえでは、生活者としての視点が必須であり、今後、地域活動に生活者としての主婦(女性)の視点を盛り込めるか否かが自主防災活動の将来を占ううえでのポイントになろう。
女性の視点からの地域の見直しと防災活動への展開
女性の視点から、地域を見直し防災活動に結びつけていった例をいくつか紹介しよう。
女性を中心にした防火・防災活動の組織化は、昼間男手の少ない地域という背景と、防火・防災に関心のある女性が集うという機会が組み合わさった場合に実現することが多い。そうした地域の場合、女性の活動が地域全体の防火・防災活動に展開していくケースもある。
茨城県ひたちなか市にある柏野自主防災会の場合は、「火の用心」の夜警という活動から始まった私設防火団が、婦人防火クラブ結成(昭和60年)を促し、さらに自主防災会の結成(平成10年)へと展開して現在にいたっている。男手がいない昼間には「婦人の手で防火を」を出発点にしながら、徐々に自治会を巻き込んで、街角消火器の配置、防災組織づくり、防災カルテやマップの作成(幼児・高齢者の割合や住んでいるところが明確になる)、各種の防災資機材の整備などの活動を地域ぐるみで行う段階まで到達した。
また、東京都杉並区にある天神山町会防災会は、天神山町会内の総務部を中心に構成されている組織で、防災会会長である町内会長以外は、総務部長以下、広報部、防火部、救出救護部、避難誘導部、食糧調達部など防災会メンバーのすべてが女性であり、昼間男手の少ない地域を守る。帰宅困難者の立場で新宿から甲州街道を歩いて帰宅したり、独自の防災体操を考案したりするなど、積極的な活動を展開している。
大都市における活動の難しさへの挑戦
大都市内の人口流動性が激しい地域ではどこでも、防災活動の核づくりと担い手層の若返りやリクルートに苦労している。名古屋市の昭和区ホーム・ファイヤー・モニターズ・クラブは、そうした状況に一石を投じようとする試みである。
名古屋市では、学区単位で防災安心まちづくり運動を推進する組織として、地域住民組織の代表や地域各種団体の代表を結集した学区防災安心まちづくり委員会を結成しているが、その核の一翼を担うのが、昭和区の場合、ホーム・ファイヤー・モニターズ・クラブの会員である。主婦を対象にして消防署が実施する防火・防災・救急の3つの講習(各講習約3時間)をファースト・セミナーと称して1年間かけて受講する。これがモニターズ・クラブの会員になる通過儀礼であり、その後、昭和区の11の学区ごとの単位クラブに所属した活動がはじまる。最初は何もわからず義理で引き受けたファースト・セミナーの若いモニターたちが、こうした活動の中でいつの間にか「自分の家から火を出しては」という意識をもち地域防災活動の核に育っていく。
常に新しいメンバーを勧誘し育てるきっかけとしてモニター制度をみれば、その30年間にわたるモニター制度の歴史、15年間のモニターズ・クラブの活動実績は、大きな財産になりつつある。一人暮らし高齢者への愛の一声運動や小学校の「ふれあい」授業への参加など、それぞれの学区で工夫を凝らして活動する姿は、その果実であるといえよう。こうしたしくみは、都市部で担い手層の手薄さや高齢化に悩む地域では、大いに参考になろう。
また、防火・防災に関心のある女性が集う機会づくりという点では、行政の働きかけも有効である。神戸市では、市民・事業者・行政が協力しあって福祉活動や防災活動に取り組む「防災福祉コミュニティ」の事業を推進しているが、若松ふれまち女性防災員もそうした中から生まれてきた。この地域には、もともと地域の担い手の高齢化が進み、若手男性の参加が得られにくいという事情があり、それが家庭だけでなく地域も私たちの手でという、女性防災員の結成につながったという。近隣が協力して家庭防火に貢献するため、「火災予防など、防災思想の普及に関すること」「火災など災害防止のための広報に関すること」「家庭内における防災技術の研究に関すること」などの事業を進めている。
行政が実施した女性防災リーダー育成研修会がきっかけで、強力な女性防災クラブの結成につながったのが、神奈川県平塚市の「平塚パワーズ」である。平塚市では、普段家庭にいる女性を対象にして平成7年から女性防災リーダーを募集し、街頭消火器の使い方からチェーンソーの使い方、救急法、災害弱者の介護の仕方までを学ぶ研修会を開催した。平成8年その修了生からなる平塚パワーズが発足、その後、市域を6ブロックに分けて、その単位で活動している。緑化まつりでは、その会員が「地震防災対策チェック表」を作成して、参加者に防災チェックを行うなど、先進的な活動をしている。
女性の地域活動としての婦人防火クラブ
こうした女性による地域活動の草分けのひとつが婦人防火クラブである。これは、戦前から全国で自然発生的に生まれていたともいわれており、それが1962(昭和37)年4月の消防庁長官名での『予防行政の運営方針について』という通達を契機に、市町村や消防本部等を通じての指導がなされ、クラブという形態としての組織化を促されたものである。その後、各地で婦人防火クラブの結成が進み、クラブ員数も急速に増加し、1964(昭和39)年には、すべての都道府県に婦人防火クラブが存在するまでとなり、昭和40年代初めに50万人を突破、2002年現在233万人を超えるクラブ員を有するに至っている。
婦人防火クラブの活動は、一般的には、火災予防の知識の習得、地域住民に対する防火啓発、初期消火の訓練など家庭防火に役立つ活動が中心だが、現在では、必ずしも「家庭防火」だけに留まらず、地域の実情や特性を生かした防火防災活動や高齢化社会の到来に伴う福祉活動など、安全な地域社会を創るための活動を展開するところもでてきており、その活動形態は各地域クラブによって多様なものとなりつつある。近年では、大災害時における支援活動など、地域の安全や安心を確保するさまざまな活動をすすめる核として、婦人防火クラブが位置づけられるようになってきており、活動の領域も広がっている。こうした背景には、大きな災害が日中起こった時、都市郊外などにおいては、主婦と子供、お年寄りだけが地域に残されるという事態が発生し、災害時における婦人活動の必要性と役割が高まっているという事情がみられる。災害の規模が大きければ大きいほど、一方で防災関係機関への需要が一気に高まるが、他方で、道路の寸断、建物の倒壊・火災、津波、断水、電力供給の停止などの阻害要因も加わって、防災関連機関の活動力は弱くなっていく。婦人防火クラブは、そのような場合の地域の被害を防止・軽減するために、欠くことのできない重要な組織になっているのである。このように、今後は、家庭防火という側面のみならず、地域の自主防災活動を担う集団の中核としても、婦人防火クラブのメンバーに期待されるところは大きい。
女性の社会参加が自主防災活動の大きな活力に
このような期待をこめて、日本防火協会では、平成14年度事業として、婦人防火クラブ・リーダー・マニュアルの作成が企画され、組織の運営や活性化に向けての取り組み、リーダーとしての心構えや行動指針、災害時にとるべき対応とそのための訓練方法などを比較的わかりやすく学べるマニュアルを作成するための委員会が設置された。当初、単年度を予定していたこの事業は、マニュアル作成の検討の中で、組織づくりや日常の広報活動、地域の危険度のチェックや耐震化への取組みなど、安全・安心なまちをつくるためのさまざまなしくみづくりに重点をおいた<第1編 日常活動編---災害に強いしくみづくりをめざして--->と初期消火、救急救命、情報伝達など実際の災害時における活動能力を高めるための実践的な訓練やそのノウハウ、訓練の背景になる原理などの解説に重点をおく<第2編 訓練・実践編---いざという時のために--->の2分冊とし、2年間に分けて作成することにしている。また、総務省消防庁でもe-ラーニングに力を入れ、インターネットを通じた市民にもわかりやすい情報提供と防災学習の手法開発に力を注いでいる。これらのツールを活用しながら、自主防災活動の領域で女性の社会参加がより高まり、自主防災活動の大きな活力になることを願っている。
【参考資料】
消防防災博物館 http://www.bousaihaku.com/
(財)日本防火協会 http://www.n-bouka.or.jp/
「災害の社会学的研究への招待」(早稲田大学ホームページ)http://www.littera.waseda.ac.jp/saigai/