災害のリアリティと想像力の<拡張>

----自主防災活動の活性化をめざして----

 浦野正樹(早稲田大学文学部)


情報ツールの開発とわかりやすい情報提供の技術

インターネットの普及に対応して各機関・団体ではホームページやデータベース機能などの充実をめざして情報提供のしかたを開発してきたため、ここ数年、防災関連情報の提供手法は格段に進歩しつつある。また、情報の検索・整理・利用のための各種ツールも充実してきており、公共機関・民間団体を問わず関連情報を探し出し参照し利用することがより容易になってきた。総務省消防庁でもe-ラーニングに力を入れ、インターネットを通じた市民にもわかりやすい情報提供と防災学習の手法開発に力を注いでいる。こうした動きは、日常時・災害緊急時を問わず、従来は、通信回線の輻輳の危険性に加えて、コストと時間・労力がかかりすぎるため、とくに市民レベルの実践にはほとんど通用しそうもなかった膨大な情報の処理を可能にし、それらをさばき活用する糸口を開くものとして期待されている。これから、これらの情報(及び情報ツール)をいかに市民レベルで使える道具にしていくか、実践応用段階に入りつつあるなかで、自主防災活動もどのような新たな展開が可能になるか、ひとつの岐路をむかえているように思う。

自主防災活動の岐路

従来から、自主防災活動を展開していくうえで「災害を知り、地域を知り、知識を生かす」ことが重要であるといわれ続けてきた。しかし、これら自主防災活動は、阪神・淡路大震災のような厳しい被災状況を身近に見聞したり、資機材整備の予算補助のような強力な推進策が打ち出されたりする限りでは、町内会・自治会を基盤に組織化が進められるものの、なかなか<組織化>を越えた<活動の活性化>にまでは結びついていかないというジレンマを抱えていた。阪神・淡路大震災から8年がたち災害の記憶の風化も進んできた。東海地震・東南海地震・南海地震・南関東直下型地震などの危険性が指摘されるわりには、(少なくとも表面的には)市民レベルの反応は鈍くなっているというのが実情であろう。いわば、「災害を知り、地域を知り、知識を生かす」ことが形骸化しているのである。

その原因のひとつは、明らかに防災意識の風化・希薄化であり、災害対応のリアリティの欠如にある。その点では、地域住民の防災意識を高めるという意味で、安全・安心をめざすローカルな住民活動をさらに充実させていくことの重要性が、繰り返し強調される必要はある。しかし、他方で、現代の大都市災害を考えた場合、既存の自治体における災害対策や、自主防災活動などに典型的な<小地域のコミュニティ>をベースにした地域住民活動では必ずしも充分に対応しきれない問題群が構造的に発生することも事実である。広域化し家族がばらばらになっている時間帯の長い日常生活の実態を念頭においたとき、「果たして地域に内向的な従来型の自主防災組織が、時空間が特定される被災の局面でどこまで有効か」という疑問の声に対して、災害時における緊急対応のみに焦点をあてた活動計画をメニューとする従来の自主防育成策は、必ずしも説得的ではなかったように思う。

自主防災活動の課題とその克服

それとともに、こうした住民活動をになう自主防災組織が従来往々にしてもっていた組織上や活動面での特徴は、多くの問題を内包しており、組織のあり方をめぐり再検討を要する段階が来ている。

第一は、従来、初期消火や避難等の<緊急時の対応>を目標にして自主防災活動が組み立てられてきた傾向が強いのに対して、今後はさらに日常時における地域危険箇所の点検から環境改善、高齢者・障害者等の日常的な福祉まで視野に入れた活動が必要とされているという点である。高齢型社会への移行をふまえて、ローカルな住民活動も<防災まちづくり>や<防災福祉コミュニティ>への視野の拡大が問われているのである。

第二は、従来、自主防災というイメージのゆえに、地域内の危険に対処し地域住民のみを対象にした地域内に閉ざされた活動という性格が強かったのに対し、今後は日常時における地域外の防災活動団体との多様な連携や関係の構築(相互支援活動や交流の活性化)、通勤者を含めた住民以外の関係者との連絡調整、地域内外のさまざまなボランティア活動団体との活動交流等、より開かれた活動の展開が必要とされている点である。

第三は、組織面において従来から自主防災活動の担い手層の高齢化がいわれつづけており、担い手の年齢層の拡大とサブ・リーダー群の新たなリクルートが課題になっている点である。また、大都市を取り巻く環境の変化に対応して、地域資源・技術者の新たな発掘と活用も必要になっている。

第四は、以上の諸点と関係するが、自主防災活動の理念や志向性という点で、より生活圏が広域化した大都市の生活実態や住民ニーズにあった活動理念や志向性を再構築していくことの必要性についてである。ローカルな住民活動そのものが、現代社会の変容のなかで、活動理念や志向性を含めて再編を迫られているのである。

<ボランティア・ネットワーク>と<地域住民による自主防災活動>との関係構築は、自主防災活動のこうした課題を克服していくうえで、重要な視点を提供するものである。(さらに、こうした関係構築により、帰宅困難者問題など大都市での災害対応上の課題を解決するうえで、いくつかのヒントが生まれてくるように思われる。)

「災害を知り、地域を知り、知識を生かす」再考

さて、以上のような自主防災活動の現状と課題を念頭においたとき、冒頭に述べた情報革新とその応用は、どのような意味で期待され可能性をもつと考えられるのだろうか?それを考えるにあたって、もう一度「災害を知り、地域を知り、知識を生かす」ことについて、私見を交えレビューしておこう。

「災害を知る」とは、過去の災害経験を学び教訓を蓄積させていくことで、災害が襲ってくるメカニズムと危険の現出する様相を<よりリアル>に把握することである。「地域を知る」とは、過去の災害履歴や土地利用の特徴を掘り起こしたり、現状での地域社会の特徴や現在進行中の地域の変化が及ぼす影響を多面的に検討したり、地域の未来像を充分話し合い意思疎通を図ったりすることを通じて、地域の(災害)脆弱性やポテンシャルをよく見極めるとともに、地域で活用しうる人材や資源を発掘し確認しあっていくことである。そして、「知識を生かす」とは、地域の文脈にそくして災害時の体験や知識を解読し、地域の探索・再発見を進めつつ、それを実践的なかたちで生かせるようなしくみをつくり、地域の内外の人材や資源をネットワーク化する試みということになる。

このようにしてみると、災害時の危険を理解し防災を考えることは、日常性の中に埋没しその中でまわりの環境を空気のように感じて特別の疑問をもたずに生活しているわれわれにとっては、いかに想像力の<拡張>を迫られることか、理解できるであろう。

災害を限りなく実体験に近い形でリアルに想像しうる力、・・・・その想像の世界に身を投じることによって見えてくるさまざまな危険性や可能性の発見と可視化、・・・・その危険性や可能性を予測し対抗・制御し社会の設計をしていく力の実効化、これが<災害時の危険を理解し防災を考え備える>という実践なのである。これは、次々と出てくる錯綜した課題群の糸を解きほぐし、補助線を引いて理解しやすいかたちにしたうえで、個人・集団・企業・行政の連携を構築しつつ問題解決の可能性を設計していく継続した作業ということにもなる。

想像力の<拡張>

現在、自主防災活動に要請される力として、私自身は、「想像力」(より深く災害を知りそれを活動に定着させていく力)、「創造力」(自立的に地域の問題解決をはかるため、活動を企画し組立てていく力)、「総合力」(活動を持続させ個別の活動領域を越えて対応していく力)の三つが最も大切であると思っているが、冒頭に述べた情報革新とその応用は、この三つの力のうち、とくに想像力を<拡張>させる有力なツールをつくりだすうえで大いに役立ちうると期待している。いわば、消防防災館などでの3Dの映像画面が、臨場感ある擬似災害体験を可能にするように、いろいろな想像力の拡張ツールを開発することで、災害時に想定しうる事態に関わる、より豊かな生活情報の流布を事前に可能にし、日常生活感覚の延長として災害の社会的インパクトをつかむことができるようにするということである。別の言い方をすると、従来、死傷者データや被害概況、復旧・復興施策と対応というかたちで断片的に記録されてきたものを、災害に巻き込まれた人々が直面する出来事や課題、人々の体験やそこでの感じ方まで引きおろし、日常生活感覚のなかに存在する不安や社会課題と連続した文脈で災害現象を生活者の立場から立体的に理解しうる可能性を切り拓くとでもいえばいいのだろうか?

少し抽象的な言い方をしたが、こうした想像力の<拡張>のためのツールは、当然のことながら多角的である。

過去の災害の記録を「災害を知る」ことにつなげるという点では、災害が襲ってくるメカニズムと危険の現出する様相を<よりリアル>に把握できる装置・ツールの開発とともに、災害発生から復旧・復興過程に至る個人・集団・社会のインパクトや対応、施策などに関する膨大な情報を記録・整理し、状況に照らして多面的に取り出すことが容易にできるデータベースの開発に行き着くであろう。また、映像記録やオーラルヒストリィのアーカイブズ、災害のハザードマップや再現図、詳細な災害記録の発掘・作成なども重要な補強ツールになる。

また、防災マップ(防災地図、防災カルテ)などの作成や地理情報システム(GIS)の利用は、地域を空間的な広がりとしてビジュアルに把握するツールとして、災害対応シミュレーションやシナリオ型被害想定手法などは、主として異なる領域の事象が時間の流れのなかで相互に影響しあっていく姿を時間的な展開のなかで把握するツールとして、位置づけることが出来る。簡易図上演習とシナリオ型被害想定手法を組み合わせて実施する試みは、地域活動の脆弱性や課題を発見し、地域としての対応力を鍛え想像力を<拡張>するうえで非常に有力なツールになる。防災まちづくりなどで実施されるワークショップの実施やDIG(Disaster Imagination Game)などの手法による訓練はそうした試みのひとつの局面をとりだして企画化されたものといえよう。

その他、緊急時において時々刻々と進行する被災情報の収集・整理・流通のしくみ、行政の個別領域を越えた(さらに個別地域を越えた広域的な)情報の共有化やそれに基づく対策の相互調整のしくみ、さらには行政と市民セクター間の相互連携のしくみなども、日常時に構築され情報が開示されることで、市民レベルのネットワーク化が促進され、想像力の<拡張>をサポートすることにつながってくるものと思われる。

今後は、これらをより一体的なものとして連携させながら、市民レベルで実践的に活用しうるツールとして練り直していくことが重要であろう。その際、日常時におけるさまざまな生活の歪みや課題を顕在化させて共有化し、それへの対処を積み重ねていくことが、確実に災害緊急時や復旧・復興過程においてメリットになる筋道がわかりやすく提示されること、また、災害時の安全・安心を確保しようとする努力の積み重ねが同時に日常生活の質を確実に高めていくことが実感としてわかるしくみを構築することに充分留意すべきである。

どのようなしかけで自主防災活動の担い手たちの想像力の<拡張>を企てうるか、それが前述の活動の課題と克服という点において、非常に重要なポイントになると思っている。